ゆりかの湯「ロチチペハハ」

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大地震翌日の今日

昨日、午後3時前に神奈川県海老名市の自宅がひどく揺れました。
いつもは少し揺れるとすぐ止む程度なのですが、
その日は揺れがおさまらず。
息子が怖がらないように、出来るだけ落ち着いて、
とりあえず息子だけ上着を着せて家の外に出ました。

隣近所の方も何名かは外に出ていらしたので、
10分程度外で待機し、緊急用ラジヲを聴いていました。
その時はまさに「津波被害」が発生している時でした。
海老名市の緊急放送が発令され、
「火の元に注意して、落ち着いて行動してください」
と言っていました。

一旦揺れがおさまったので、家へ入ったものの、再び余震。
今度は自分も上着を着て、5分程度外に出ていました。
室内は、平積みしてあった本が数冊落ちた程度で済みました。

しかし、食器棚から食器が飛び出す心配はぬぐえず、
気休め程度に輪ゴムで取っ手を固定しています。
正確には地震がいつ起こったのかはわかりません。
室内に戻った時に、壁の振り子時計が2時50分で停止していたので
多分そのあたりに地震があったのだと思います。

依然として余震が続く中、家へ入ると夫から電話が。
私の実家からも、固定電話に着信がありましたがつながらず。
夫は公衆電話から、固定電話にかけてきました。


幸い、夫の職場は自宅から電車で数駅なので、
徒歩2時間程度で帰宅することができました。
夫が帰宅するまでの間、
念のため、息子は上着を着せたままにしておき、
私はご飯を多めに炊いたり、避難セット(息子の着替えとオムツ、
家族と容易に判る帽子)をカゴにまとめたりしていました。
その間、夫と私の実家、夫の兄嫁各々、知人の方から、
携帯のメールで安否確認の連絡を頂きました。
メール発送時刻からすると、だいぶ経ってからの着信でした。


結局、その日は余震を感じながら、インターネットのテレビを見つつ
いつも通り家族で並んで寝ました。
夜半から明け方にかけて、数時間おきに海老名市と私の携帯に、
大地震発生の発令があり、やや寝苦しい夜でした。


最初の地震発生から明けて今日、
こちら神奈川県海老名市の、余震の頻度は数時間おきになりました。
近所のスーパーへ買い物に行ったところ、パンやカップラーメン、
肉まんなどの食品、電池(特に単一)は売れ切れの状態でした。

今のところ、日常生活において不都合なことはありません。
海老名市の防災放送では「節電をしてください」と言っている状態です。

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